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新大陸「アメリカ」はこうして名づけられた

アメリカ大陸を発見したのは、いうまでもなくコロンブスだが、大陸名の「アメリカ」は、コロンブスよりあとから新大陸に到達したアメリゴ・ヴェスプッチの名に由来する。これは、コロンブスが、発見した陸地がアジアなのか、他の陸地なのか、わかっておらず、それがアジアとは別個の新大陸だと最初に認めたのが、アメリゴ・ヴェスプッチだからである。ヴェスプッチは、南アメリカに四回の探険航海を行い、一五〇一年の第三回航海のとき、ブラジル南岸を大陸沿いに南下していき、ラプラタ川の河口を確認して、さらに南緯五十度のパタゴニア海岸かフォークランド諸島付近にまで達したといわれている。大陸の南端近くまで達したこの航海によって、南アメリカが島ではなく、はるか南方にまでつづく大陸であることがわかり、また、赤道以南の南アメリカの地理的事情も、はじめてわかったのだった。ヴェスプッチは、『新世界』『四航海記』というふたつの航海記を出版し、そのなかで、新しく発見された土地が、それまで知られていなかった第四の大陸で、「新世界」と呼ぶにふさわしい大陸であることを断言した。この彼の主張がヨーロッパ上で反響を呼び、アメリゴ・ヴェスプッチの名は、新大陸の発見者として、コロンブス以上に有名になったのである。そこで、彼の名にちなんで、新大陸に名をつけようという意見が出だのだが、では、どうして「アメリゴ大陸」ではなく、「アメリカ大陸」になったのだろうか?これは単純な理由で、当時、なぜか、大陸名には女性の名をつけるのが習わしになっていた。そこで、アメリゴの女性形である「アメリカ」を、大陸名としたのである。

ホテルの朝食

ホテルでよく朝食を摂らないという人がいる。これは考えたら非常に損な話だ。なぜなら、欧米のホテルには1泊朝食込みで料金が決まっているからである。だから、海外ではできるだけ早起きして、ホテルでたっぷりと朝食を摂るといい。現地の食事が口に合わない場合は、ビュッフェスタイルの朝食だけがどうにか食べられるという国も多い。またホテルの朝食は、早朝出発の客に合わせて、朝6時頃から営業しているところも多い。現地でそんな時間から現地でオープンしているレストランは少ない。だから、ホテルの朝食はできる限り利用したほうが得なのだ。女性の場合、寝起き顔で人前に出たくない時もある。そんな場合は、ルームサービスで部屋からの眺めを楽しみながら朝食を摂るといいだろう。ルームサービスを注文する際は、電話口で“Myroomis1505,1’dlikebreakfast.”と頼む。そして料理を注文する場合、覚えておくといいのは必ず品数が先になることだ。例えば、“Oneorangejuice.Twopoachedegge.”という具合である。そして各品物の最後に必ず“Please”をつけておくと伝わりやすい。食事が終わるとルームサービスのテーブルを部屋の外に出しておく。その際、後片付けばかりに集中していると、ドアが風などで閉まり、自動ロックで中に入れなくなってしまうので注意したい。もしそうなった場合は、あわてずに各階のエレベーターホールにある館内電話でフロントに伝えればいい。リゾートホテルなどでは、室内や野外プールの周囲にあるプールバーで、軽い朝食を摂れるところもある。朝起きたら、眠け覚ましにプールでひと泳ぎしてから、朝食をプールサイドで摂るというのもオシャレである。

くまもと日本一運動

「くまもと日本一運動」というのがあった。熊本県知事時代の細川護煕が提唱したもので、どんな分野でもいいから日本一のものをつくって地方の時代のシンボルにしていこうというものだった。中央町の釈迦院という寺の石段をこれまで日本一の山形県の羽黒山のものよりほんの少し長い三三三三段にしたのが成果だと喧伝されたりした。細川護煕は肥後の殿様の家柄だが、熊本での政治生活は順風満帆たったわけではない。若いころ衆議院選挙に熊本で出馬して落選し、その後、近衛文麿(元首相)の孫を看板に全国区から参議院議員に当選し、それから知事になった。熊本では細川の殿様より前領主で熊本城を築いた加藤清正のほうが人気がある。加藤家に代わって国守となった細川家が加藤清正にちなむものも大事にして融和を図ったためでもあって、足利、織田、豊臣、徳川と主人を変えながら巧みに戦国の世を生き抜いた名門らしい名を捨て実を取る配慮だった。